映画『杜人』 知恵を授かる

今年6月に見た映画。
見たい!と思って見に行って、上映開始後すぐに、見に来てよかったと思った。造園家であり大地再生の活動をしている矢野智徳さんを追いかけたドキュメンタリー。
矢野さんたちのやっていることの本当の成果は、映画で前田せつこさんが追った、さらにその先を追いかけなければ、見えてこないのだろうと思う。それでも、矢野さんの存在を教え、彼の自然環境に対する考え方、自然に対して少しでもポジティブな働きかけをしようとする姿を映し出すこの映画は、価値あるものだと思う。

自然は、誰も満たされていない、みんなが少しずつ我慢をしながらできることをしている世界だ。それなのに都会では、自然が奴隷のように虐げられている。あまたいる存在の中で、人間だけが自然にネガティブな働きかけをしている。
矢野さんはそんなことを言っていた。矢野さんは、どうしたら、自然の中で人間も生かされる存在になれるのか、知っている人なんだと思った。

都会では、木々は最後に乗せられるデコレーションでしかない。
ああ、私ったら、なに都会にある見せかけの自然をありがたがっちゃってたんだろう。植えられた瞬間からその最後の時まで、不自然な環境に置かれ続ける木々のことを。元気ないな、かわいそうだな、こんな狭いとこ、とは思っていたけど、容赦ない矢野さんの言葉に、事態の深刻さと、私自身の考えの浅はかさを思い知らされた。

自然は、今、このときも破壊され続けていて、まさに待ったなしの状況であるということ。と、同時に、まだ再生できるかもしれないという希望も、わずかながらあること。そのためには、今動く必要があるということ。そしてそれは、私の足元から始めることができるのだということ。矢野さんは、正しい危機感を授け、そして、何をすべきかを行動で示してくれているような気がする。
矢野さんは、現状が絶望的であることを伝えながら、鎌一本、移植ごて一本で、その状況が変わっていくような働きかけができるよ、と教えてくれる。風と水の通り道を作ること。それが、大地が呼吸を取り戻すために欠かせないこと。

つづきへ


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